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札幌地方裁判所 昭和30年(行)10号 判決

原告 伊藤義秀

被告 国

訴訟代理人 宇佐美初男 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金二三九、九一〇円及びこれに対する昭和三二年一一月一〇日以降完済に至るまで年五分の金員並びに同年一一月六日以降原告が国家公務員の資格を失うに至るまで一日金六四三円の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として

一、原告は昭和三〇年一一月一日林野庁札幌営林局管下上芦別営林署において伐木造材の仕事に従事する作業員として採用された公務員であつて、その採用のさいの雇用契約においては特に雇用期限の定めがなく、主として山林立木の伐採に従事するほか一ケ月中一週間は事業所の一般雑用に従事するものとし給料は立木伐採に従事した場合には出来高に応じ平均一〇〇石につき金四、〇〇〇円の出来高払、事業所の一般雑用に従事した場、合には一日金五三〇円の日給制とし毎月一〇日前月分支払の約であつた。

二、しかるところ原告は昭和三一年二月一八日同営林署咲別事業所の伐採作業に従事中国家公務員災害補償法所定の障害等級第六級に該当する公務上の身体障害を受け右受傷と同時に芦別市内野口病院に入院し町年一二月末まで治療を継続した、被告はこの間昭和三一年二月から同年一〇月まで原告に対し前記補償法所定の休業補償として平均賃金一日金六四三円の六割に相当する一日金三八六円の割合による金員を支給して来たのみであつて同年一一月以降においては何らの理由なしに給料の支払をしない。

三、しかし原告の雇用関係は存続しており依然として国家公務員たる地位を失わないのであるから原告はその後現実には前記営林署の労務には従事していないとしても従前の平均賃金相当の給料の支払を求める権利がある。よつて原告は被告に対し昭和三一年一一月以降昭和三二年一一月五日まで一日平均賃金六四三円の割合による給料合計額二三九、九一〇円及び同年一一月六日以降原告が国家公務員の地位を失うまで右と同一割合による金員並びに右金二三九、九一〇円に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三二年一一月一〇日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ。

と述べ

被告の主張を否認し原告は最終雇月期限を昭和三一年三月三一日と定めた辞令書の交付を受けたことはない。仮りに予算処理等の関係から被告の内部において書類上雇用期限の定があるかのような取扱がなされたとしても雇用契約成立当時その旨の意思表示がない限りこれ等の内部処理をもつて原被告間の雇用契約関係を決定することはできない。原告がその後も公務員としての身分を有していることは被告が昭和三一年八月上旬ごろ原告に対し約金四、〇〇〇円の夏期手当を支給していることからも明瞭である。

と述べ

被告指定代理人は主文と同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言を求め

一、先づ原告の訴変更には異議がある。原告は当初受傷による休業補償として国家公務員災害補償法第一二条の規定に基く休業補償金を請求したが右請求原因を撤回して新たに雇用関係の存続を前提とする給料の請求に訴を変更した。しかし右は請求の基礎を異にするから許されない。即ち国家公務員災害補償法に基く休業補償は職員が公務上負傷しその療養の為に勤務することができず給与を受け得ないときにその期間中国が皮給するものであつて国家公務員たる身分を有するときに公務上負傷したものである限りたとえその直後に右身分を失つても右所定要件のもとに給付が続けられるのであつて労働に対する反対給付の性質を有する給料とはまつたくその性質を異にする。従て原告が新たに請求する公務員の身分を有することを前提とする給料とは法律上全然別個の原因に基くものであり両者の間には何らの内的関連がないから原告の右訴の変更は許されないものである。但し旧訴の取下自体には同意する。と述べ

二、本案の答弁として原告が昭和三〇年一一月一日林野庁札幌営林局管下上芦別営林署において国有林野事業に従事すべき作業員として採用されたこと。原被告間の雇用契約において給料は出来高払の作業に従事したときは作業量に応じ又いわゆる出面としてその他の日給払の作業に従事したときは給付賃金一日金五三〇円が支払われこれ等は毎月末に締切り翌月一〇日払と定められたこと。原告が昭和三一年二月一八日同営林署咲別事業所の伐木事業に従事中原告主張のような公務上の傷害を受け同日から同年一〇月二八日まで芦別市内野口病院において治療を受けたこと。被告が右期間中従前の平均給与額一日金六四三円の六割にあたり休業補償を給付して来たこと、及び被告が昭和三一年八月ころ原告に対し右休業補償金とは別に約金四千円の夏期手当を支給した事実のあることは認めるがその余の原告主張は争う。

三、二ケ月以内の期限を定めて雇用される国有林野事業の企業に属する定員外の職員は委員顧問参与医師看護婦等の常勤を要しない者を除きそのすべてを作業員と呼んでいるが労働協約及び国有林野事業作業員就業規則によればこれ等の作業員を雇用形態に応じて常勤作業員常用作業員定期作業員及び月雇又は日雇の臨時作業員の五種に区分し各雇用区分ごとに雇用基準を定めているところ原告は林野庁長官より当該営林署の傭人以下の職員の任免につき任命権の委任を受けた上芦別営林署長宮本春道から人事院規則八-一四の規定に基き二ケ月以内の任期を限られた職員として競争試験及び選考のいずれにもよらず国有林野事業中当時同営林署咲別事業所において実施中の冬山事業に従事すべき定員外の月雇臨時作業員に採用されたものであつて採用にあたつては国有事業作業員就業規則第七条第二項に従いその任期を昭和三〇年一一月一日から同年同月三〇日までの一ケ月間とし当事者間に別段の意思表示のないときは以後一ケ月ごとに雇用期間を継続更新するも右冬山事業の終了期である昭和三一年三月三一日を最終雇用期限とし右期限の経過と同時に当然退職するものと定めこの旨を辞令書に明かにして原告に交付してある。しかして右原最終雇用期限たる昭和三一年三月三一日以後原告に対してはあらたに雇用契約を締結し又は従前の雇用契約を更新した事実がないから原告は同日をもつて国家公務員たる身分を失つているのである。もつとも右最終雇用期限経過後である同年八月ころ被告が原告に対し夏期手当の名目で約金四千円を支給したことはあるが右は当時の担当係員が事務処理を誤つた結果支給すべき理由がないにかゝわらず支給したものであつて当時尚原告が公務員たる身分を有していたが故に支給されたものではない。

四、仮りに原告が尚公務員としての身分を有するとしても国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法第四条同法施行令第二条によれば林野庁長官が職員に対する給与準則を定めることになつているがその具体的内容はこれまた国有林野事業作業員就業規則に定められているとおりであつで基本賃金(格付賃金)は一日八時間の通常勤務に対する賃金として職種ごとに日額を以て定められ、作業員が日給作業に従事した場合には作業量を問わず勤務時間八時間に対する割合を右基本賃金に乗じた額が支給され、出来高給作業に従事したときは一日の作業出来高に作業別の単位作業あたり賃金を乗じて得た金額が支給されるのである。原告は日給出来高払制としてその日その日の作業内容に応じて右日給又は出来高給のいずれかが支給されるように定められていたがそのいずれにせよ作業に従事しないときは賃金を支給されることはないのである。しかるに原告は前記休業補償を受けるようになつてからは将来飲食店を経営すべく準備し昭和三一年九月ころからその経営を始めその後は就職の意思が全くなくむしろ解雇証の交付を要求したことはあつても就業の場合、職務内容等の問合せなどはしたことがなく結局同年一一月以降は自らの意思により作業に従事しないのであるから賃金を請求し得る理由がなく原告の本訴請求はこの点からしても失当である。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

一、先ず原告の訴の変更が許されるかどうかの点について考えるに原告ははじめ被告に対し国家公務員災害補償法第一二条の規定に基き休業補償金一四四、〇〇〇円及び昭和三二年一一月以降原告が国家公務員の地位を失うに至るまで一ヶ月金一二、〇〇〇円の割合による金員の支払を求めたが後に右請求の趣旨及び原因を前示事実摘示のとおり交換的に変更したことは本件訴訟の経過に徴し明かである。ところで右両訴はいずれも原告が国家公務員たる資格に基き被告に対し一定の金員の支払を求めるものでありこれを権利主張として構成した方法に相違があるだけであつてそのよつて立つ経済的利益関係を共通にするものであるから請求の基礎に変更がないものと解すべく又本件においては当初から原告の雇用形態並びに雇用期限が主要な争点とされたものであつて原告の右訴変更により被告に防禦方法の変更ないし困難を来すことがなく従て著しく訴訟手続を遅滞させる虞がないから右原告の訴の変更はこれを許容すべきものである。

二、本案につき原告が昭和三〇年一一月林野庁札幌営林局上芦別営林署において国有林野事業に従事する作業員として採用されたこと及びその給与は出来高払の作業に従事したときはその作業量に応じ又いわゆる出面として日給払の作業に従事したときは一日金五三〇円の割合により毎月末締切翌月十日に支給されていたことは当事者間に争がない。

そこで原告の右作業員としての雇用形態及び雇用期限が本件の最主要な争点であるから以下この点について判断する。

三、成立に争のない乙第三号証及び同第八号証によれば国有林野事業に従事すべき定員外の職員中委員、顧問、参与、医師、看護婦等の常勤を要しない者及び休職により行政機関職員定員法の定める定員外におかれた者を除くその余をすべて作業員と称し全林野労働組合と林野庁との間に締結された覚書及び国有林野事業作業員就業規則規則により右作業員の区分雇用期限及び雇用基準を次のとおり定めている。ことが認められる。

(イ)  常勤作業員。

二ケ月の期間を定めて雇用し、二ヶ月を超えて引続き使用する場合にはその雇用は二ケ月ごとに更新されるというほかは、国有林野事業職員就業規則の定めるところによる。雇用基準は人事院規則の規定に基いて行う競争試験又は選考に合格したものであること。

(ロ)  常用作業員。

雇用期間は常勤作業員と同じ、賃金は定額日給制または出来高払制によつて支払われ、日給制の場合所定の勤務時間中に勤務しなかつた場合は勤務しなかつた一時間(三〇分未満切り捨て、三〇分以上切り上げ)につき一日の所定勤務時間八時間に対する一時間あたりの額を減額する。出来高払制の場合は作業別の単位作業量あたり賃金にその日の出来高を乗じて得た額を支給する。

その雇用基準は、前記常勤労務者の場合の競争試験又は選考に合格しながら常勤作業員の定数を超えたため常勤作業員に任命されない者を除き、原則として

(1)  年間継続して勤務する必要がありかつその見込があること。

(2)  一年以上の期間継続して勤務した実績を有すること。

(3)  事業運営上の必要による勤務地の変更に応じられること。

(4)  同種の職務に一年以上の経験を有するかまたはこれと同程度の能力を有すること。

(5)  その他職務に必要な適格性を有すること。

(ハ)  定期作業員。

これは季節労務事情その他の地方的事情により年間の一定期間実施される事業に毎年雇用されるものであつて、二ケ月以上の期間を定めて雇用され、二ヶ月を超えて引続き使用される場合には以後二ケ月ごとに雇用期間が継続更新されるが、雇用にあたり最終雇用期限が定められ該期限が経過したときに当然退職する。賃金の支払形態は常用作業員と同じ。その雇用基準は

(1)  六ケ月以上の一定期間継続して勤務する必要があり、かつその見込があること。

(2)  前年度において右の期間と同程度の期間継続して勤務した事績を有すること。

(3)  事業運営上の必要による勤務地の変更に応じられること。

(4)  その他勤務に必要な適格性を有すること。

(ニ)  月雇臨時作業員。

これは臨時的事業又は季節的事務のために雇用される者及び以上の各資格要件を充さない者であつて、一ケ月の期間を定めて雇用されるが一ケ月を超えて引続き使用される場合には以後一ケ月ごとに雇用期間が継続更新され、この場合は雇用にあたり最終雇用期限が定められ該期限が経過した時に当然退職する。賃金の支払形態は常用作業員の場合に同じ。その雇用基準は

(1)  一ケ月以上の一定期間継続して勤務する必要があり、かつこれを承諾するものであること。

(2)  職務に必要な適格性を有すること。

(ホ)  日雇臨時作業員

これは臨時的事業又は季節的業務のために雇用される者及び(イ)ないし(ニ)の各作業員の資格要件を充さない者であつて、日日雇入の雇用形態をとる。雇用基準として特別の資格要件はない。

四、原告が右区分された作業員のうち常勤作業員、常用作業員又は定期作業員としての雇用基準に該当する要件を具備したこと及びこれ等の作業員のいずれかに採用された事実を認め得る証拠はない。むしろ証人佐藤修一の証言により成立を認める乙第一号証の一、二成立に争のない同第六号証の一、同第九号証、証人斉藤粂碓の証言により成立を認める同第六号証の二、証人佐藤修一、同西川良夫、同猪野長之助、同菅原照夫の各証言を綜合すると原告は林野庁長官より任命権の委任を受けた上芦別営林署長宮本春道から二ケ月以内の任期を限られた定員外の職員として人事院規則八-一四に基き競争試験又は選考のいずれにもよらずして採用されたものであること。及び右芦別営林署長は事業担当者農林技官佐藤修一の上申に基き昭和三〇年一一月二日原告を咲別伐木事業所において伐木事業に従事する月雇臨時作業員として雇用期間を同年一一月一日から同年同月三〇日まで一ケ月間但し別段の通知をしない場合には最終雇用期限まで一ケ月毎に更新されるものとし最終雇用期限を昭和三一年三月三一日と定めて雇用することを決定しそのとおり採用したものであることが認められる。

五、原告は採用にあたり辞令書の交付を受けたことがなく又右雇用条件につき何ら意思表示がなされなかつたと主張するのであるが、国家公務員任用の法律上の性質は公務員法立法の精神からみて公法上の契約であると解するのが相当と考えるからその採用については相手方の明示又は黙示の同意を必要とすることは勿論である。しかし人事院規則八-一二第七五条によれば任命権者は職員を採用した場合には職員に対し人事移動通知書いわゆる辞令を交付しなければならない旨定められているが右規定の趣旨は職員の採用にあたつてはその始期、条件等を明確にする必要があるためその手続として人事移動通知書なる書面の交付を要求しているのであつて右通知書の交付が採用その他の任用につき絶対に必要な要件をなすものと解すべきではない。

本件においては前掲乙第一号証の二証人佐藤修一同木下吉平同工藤三太郎同斉藤粂雄の各証言を綜合すると上芦別営林署においては昭和三〇年前掲就業規則が確立した以後は作業員の採用に際しその雇用区分雇用期限等を記載した辞令書を交付しており昭和三〇年一一月の採用にあたつてもこれを交付した事実が認められるから原告に対しても前認定の雇用区分及び雇用期限を記載した辞令書の交付がなされたものと推認するに難くない。かりに何らかの事情により原告に対してはその交付がなされなかつたとしても証人佐藤修一同西川良夫同猪野長之助同工藤三太郎の各証言及び証人高橋寿男の証言の一部を綜合すると営林署管下の事業所における伐木事業は夏期及び冬期に限つて行われおゝむね五月以降十月までを夏山十一月以降翌年三月までを冬山と称し伐木に従事する作業員も右二期に区分して採用するのを常態としており伐木事業に従事する者は一般に右事実を了解していたもので原告は昭和三〇年一〇月末ころ当時上芦別営林署咲別事業所において現場監督をしていた作業員西川良夫同事業所補佐猪野長之助を介し同事業所主任佐藤修一に対し同事業所が昭和三〇年一一月から施行する冬山伐木事業に従事する労務者として採用さるべきことを依頼した結果前認定の如き採用決定がなされたものであることが認められる。

しかして前掲就業規則等によれば常勤作業員を除いては期限を定めず長期間継続して採用される作業員はないのであるから夏山若は冬山事業の終了後再雇用される慣行が存在するとしても原告は昭和三〇年度の冬山事業即ち同年一一月一日以降翌三一年三月三一日を最終雇用期限とする月雇臨時作業員として採用されることを承諾して雇用関係に入つたものといわなければならない。

もつとも被告が原告に対し昭和三一年二月一八日受傷以後最終雇用期限後の同年一〇月に至るまで国家公務員災害補償法に基く休業補償金を給付し又同年八月ころ夏期手当の名目で約金四、〇〇〇円を支給していることは当事者間に争のない事実であるけれども右休業補償は公務上負傷した事実がある限りその後負傷者が国家公務員の資格を失つても療養のため他に勤務して給与を受けることができない期間中或は補償打切がなされるまでの間は継続して支給されるものであり又成立に争のない乙第四号証同第五号証前掲乙第六号証の一、二及び証人斉藤粂雄の証言によれば昭和三一年八月原告に対し夏期手当名義の金員が支結されたのは当時の事務担当者が原告に対し引き続き休業補償金が支給されていたこと及び右夏期手当に関する協約の趣旨を誤解した結果誤つて支給すべからざる者に支給したものであることが認められるから右事実の存在は何ら前認定の妨げとはならないし、証人田中定之助の証言によつて成立が認められる甲第一号証の記載、同証人並びに同佐藤博(第一回)の各証言、同高橋寿男の証言の一部及び原告本人(第一回)尋問の結果はにわかに措信することができず他に以上の認定を左右し得る証拠はない。

六、以上認定の事実によれば原告は最終雇用期限である昭和三一年三月三一日の経過により当然退職したものであるから同日以降依然公務員たる資格を有することを前提とする原告の主張は理由がない。

よつて他の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として排斥さるべきものであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 浜田治 岡本健)

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